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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(行ツ)79号 判決

主文

一  原判決及び第一審判決を次のとおり変更する。

参加人らを申立人、被上告人を被申立人とする神労委昭和四九年(不)第一五号並びに昭和五〇年(不)第八号、第一一号、第三五号及び第三七号不当労働行為救済申立事件につき上告人が昭和五一年三月一九日付けで発した命令の主文第二項並びに第四項及び第五項の各菅元紀に関する部分を取り消す。

被上告人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟の総費用中、上告人と被上告人との間に生じた費用はこれを三分し、その二を被上告人の負担とし、その余を上告人の負担とし、被上告人と参加人らとの間に生じた費用はこれを三分し、その二を被上告人の負担とし、その余を参加人らの負担とする。

理由

上告代理人武藤泰丸の上告理由第一点及び第二点並びに参加代理人三浦守正、同伊藤幹郎、同三野研太郎、同横山国男、同木村和夫、同岡田尚、同星山輝男、同林良二及び同飯田伸一の上告理由第二の一について

本件記録によれば、上告人が、被上告人の玉川工場の従業員で組織する労働組合である参加人総評全国金属労働組合神奈川地方本部旭ダイヤモンド支部(以下「参加人支部」という。)及びその上部団体である参加人総評全国金属労働組合神奈川地方本部を申立人とし、被上告人を被申立人とする神労委昭和四九年(不)第一五号並びに昭和五〇年(不)第八号、第一一号、第三五号及び第三七号不当労働行為救済申立事件につき、昭和五一年三月一九日付けで発した本件救済命令は、被上告人は参加人支部の昭和四九年春闘のストライキに対する報復として参加人支部の組合員二五名の同年五月二〇日の不就労が全日のストライキでないにもかかわらずこれを全日のストライキであるとして右二五名に対し本件賃金カツトを行つたもので、本件賃金カツトは労働組合法七条一号及び三号所定の不当労働行為に当たると認定した上、その主文第一項及び第四項において、被上告人が、右二五名に対し、本件賃金カツトに係る賃金及びこれに対する年五分の割合による加算金を支払うべきことを命じ、同じく主文第五項において、被上告人が、参加人支部に対し、本件賃金カツトが不当労働行為に当たることを認め、これを撤回し、是正措置を講ずるとともに今後かかる不当労働行為を一切行わないことを誓約する旨の誓約書を交付し、かつ、右誓約書を木板に墨書して被上告人の玉川工場正面玄関付近に掲示すべきことを命じていることが明らかである。

原審は、本件賃金カツトが本件救済命令のいうように労働組合法七条一号及び三号所定の不当労働行為に当たると認定判断したが、この認定判断自体は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができる。

しかるところ、原審は、(1) 前記二五名のうち九名は昭和五〇年二月二八日までに退職し、二名は同年三月一一日までに配転となり、いずれも参加人支部の組合員資格を喪失したが、これらの一一名は、右の組合員資格の喪失に際し、被上告人に対し、本件賃金カツトに係る賃金に関し何らの意思表示もしなかつた、(2) 参加人支部は、右一一名が組合員資格を喪失した後の同年一二月ころ、右一一名に対し、被上告人に代わり本件賃金カツトに係る賃金相当額を支払い、右賃金が被上告人から支払われることとなつた場合の受領権限を右一一名から与えられた、との事実を認定した上、労働組合の組合員が組合員資格を喪失した場合には、その者の不利益を除去しても労働組合自体の利益侵害の回復に寄与するものがあるということはできないから、特段の事情のない限り、救済命令で組合員資格喪失者に対する不利益の除去を命ずることは許されないところ、右一一名は本件救済命令前に参加人支部の組合員資格を喪失しているから、本件救済命令で右一一名に対する本件賃金カツトに係る賃金の支払を命ずることは許されず、右の(2)の事実をもつてしても、右の特段の事情が存するものということはできないとして、本件救済命令の主文第一項、第四項及び第五項の右一一名に関する部分を取り消すべきものと判断した。

思うに、労働組合法二七条に定める労働委員会の救済命令制度は、労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、これらの権利を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止した同法七条の規定の実効性を担保するために設けられたものである。本件賃金カツトは、参加人支部のストライキに対する報復としてなされたものであつて、前記二五名の個人的な雇用関係上の権利利益を侵害するにとどまらず、右二五名に生ずる被害を通じ、参加人支部の組合員の組合活動意思を萎縮させその組合活動一般を抑圧ないし制約し、かつ、参加人支部の運営について支配介入するという効果を必然的に伴うものであり、労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為に当たるとされる所以である。したがつて、参加人らは、本件賃金カツトの組合活動一般に対する抑圧的、制約的ないしは支配介入的効果を除去し、正常な集団的労使関係秩序を回復・確保するため、本件救済命令の主文第一項、第四項及び第五項が命ずる内容の救済を受けるべき固有の利益を有するものというべきである。

すなわち、本件救済命令の主文第一項及び第四項は前記二五名に対する本件賃金カツトに係る賃金の支払を命じているが、これも、本件賃金カツトの組合活動一般に対する侵害的効果を除去するため、本件賃金カツトがなかつたと同じ事実上の状態を回復させるという趣旨を有しており、参加人らは、右の救済を受けることにつき、右組合員の個人的利益を離れた固有の利益を有しているのである。そして、参加人らが右の救済を受ける利益は、本件賃金カツトがなかつたと同じ事実上の状態が回復されるまで存続するのであり、右組合員が本件賃金カツトの後に参加人支部の組合員資格を喪失したとしても、参加人らの固有の救済利益に消長を来たすものではない。右組合員が組合員資格を喪失したからといつて、右に述べた組合活動一般に対する侵害的効果が消失するものではないからである。

もつとも、本件のように、労働組合の求める救済内容が組合員個人の雇用関係上の権利利益の回復という形をとつている場合には、たとえば労働組合が固有の救済利益を有するとしても、当該組合員の意思を無視して実現させることはできないと解するのが相当である。したがつて、当該組合員が、積極的に、右の権利利益を放棄する旨の意思表示をなし、又は労働組合の救済命令申立てを通じて右の権利利益の回復を図る意思のないことを表明したときは、労働組合は右のような内容の救済を求めることはできないが、かかる積極的な意思表示のない限りは、労働組合は当該組合員が組合員資格を喪失したかどうかにかかわらず救済を求めることができるものというべきである。

これを本件についてみるに、前記二五名のうち一一名は、本件賃金カツトから本件救済命令までの間に退職又は配転によつて参加人支部の組合員資格を喪失しているものの、本件賃金カツトに係る賃金を放棄する旨の意思表示はしておらず、また、参加人らの救済命令申立てを通じて右賃金の回復を図る意思がないことを表明してもおらず、かえつて、参加人支部から右賃金の立替払を受け、被上告人から右賃金が支払われることとなつた場合の受領権限を参加人支部に与えているのである。したがつて、参加人らは、右一一名についても、本件賃金カツトに係る賃金の支払を求めることができるものというべきである。

次に、本件救済命令の主文第五項は誓約書の交付・掲示を命じているが、これは、前記二五名の個人的な雇用関係上の権利利益の回復を図るものではなく、専ら組合活動一般に対する侵害の除去ないし予防を目的とするものであるから、参加人らは、前記一一名に係る本件賃金カツトに関しても、その組合員資格の喪失や個人的意思のいかんにかかわらず、誓約書の交付・掲示を求めることができるものというべきである。

以上のとおりであるから、原判決が、本件救済命令の主文第一項、第四項及び第五項のうち前記一一名に関する部分につき、右一一名が組合員資格を喪失したから参加人らの救済利益が失われたとしてこれを取り消したのは、法律の解釈適用を誤つたものといわざるをえず、これをいう論旨は理由があり、原判決は右の部分につき破棄を免れない。そして、第一審判決も、本件救済命令の主文第一項及び第四項のうち右一一名に関する部分につき、原判決と同じ理由でこれを取り消しているので、右の限度で、第一審判快を取り消すべきである。

上告代理人武藤泰丸の上告理由第三点並びに参加代理人三浦守正、同伊藤幹郎、同三野研太郎、同横山国男、同木村和夫、同岡田尚、同星山輝男、同林良二及び同飯田伸一の上告理由第二の二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照らし、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法があることを前提とする所論違憲の主張は失当である。論旨は、いずれも採用することができない。

参加代理人三浦守正、同伊藤幹郎、同三野研太郎、同横山国男、同木村和夫、同岡田尚、同星山輝男、同林良二及び同飯田伸一の上告理由第一について

原判決は第一審判決の理由を引用して被上告人の請求を一部認容すべきものと判断したもので、原判決に理由不備の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、原判決及び第一審判決を主文第一項のとおり変更することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、三八六条、九六条、八九条、九二条、九四条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 伊藤正己 裁判官 長島 敦 裁判官 坂上寿夫)

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